千枚の落書は一枚の完成品にさえ劣る

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今までの人生を思い返すと、必ずセットになって出てくるある言葉がある。


「それはね、完成させないと駄目だって」
「出来るとか出来ないとかそんな事は知らん。泣き言を言う暇で完成させろ」
「結局どれだけ完成品を積み上げたか。それがそのままその人の価値になる」


完成させるってホントきついっす。何でやってるんだろうて思うことしきりだし、血反吐吐くまで自分を追い詰めても進んでんだか戻ってんだかもわかんないし、辛いことこの上ない。それ故に、どんなに不細工で未熟でも、完成品には価値が発生する。


逆に言うと、だから落書きは面白い。でも、残念ながら落書きを何枚書いても、力にはならない。きつい言い方だけど、未完成品をいくら積み重ねたっても何にもならない。ゴミを量産するだけ。


ただ、と同時に、完成させるってやっぱリスクがあるんですよね。コストもかかる。分野というか、業種によっては簡単に完成ってとこまで持っていけなかったりとか、限られた人しか完成という状況を体験できなかったりとかもあるのかなと。難しい問題っすね。